日本のアーティストが持つアシッド感って一体なんだろうと思う。昨日紹介したオクノ修にしろ、10/26にいよいよ発売される久保田麻琴「まちぼうけ」にしろ、ジャックスや裸のラリーズや遠藤賢司の諸作品、五つの赤い風船の西岡たかしの狂気の先に見えるギリギリの光景、南正人の本気でぶっ飛んだ世界。そこに日本的色合いが加われば加わるほど、英米のアシッド・フォークとはまた異なる不気味な静寂と儚くも美しい夢の世界がぽっかりと口を開けて広がっている。それは夏の午後の夕立のあとの湿った空気を、縁側でぼんやりと感じているような、なんとも言えない虚脱感だったりする。
言葉はメロディに乗って、耳に届いた瞬間、様々な世界をこちら側に喚起させてくれる呪文みたいだ。空、海、山、川、街、花、木々、朝、昼、夜、喫茶店、汽車、バス、自転車、彼女、畳、銀河鉄道、世界、青、夢。夢想はいつの間にか現実との境目がなくなって行く。どっちでもいい。ただ感情だけは静かに息遣いを繰り返す。そして、表層からだけでは伝わらないその裏に隠れた暗さやなんとも言えないエロさは一度見つけてしまったら、そこからはなかなか抜けられない。
今後もこのジャンルの復刻が相次ぐ。