ジャックス〜ソロと活動を続け、唄うことを止めた早川義夫さんは当時URCのディレクターをやっていた。
そんな早川義夫さんに自分の歌を聞いてもらいたくて、デビュー前のあがた森魚は友達2人と早川さんの所に訪れ、目の前でギターを弾き語った。
牛乳瓶の底のようなド近眼のめがねをかけて、何度ギターを弾いても途中でどもり、つっかかる。つっかかるばっかりで先に進まない。
見るに見かねた友達が「今日はやめておこうか?」と優しくなだめる。だけどあがた森魚はやめない。緊張の真っ只中、憧れていた早川義夫の目の前で何とか自分の事を表現したくて、必死にトライする。それを目の当たりにした早川さん。こんなにぼろぼろでヨレヨレでかっこう悪くて、だけど必死に震えながら全部裸でたった一人のひとの前で歌を唄う。
その姿はひたすら無垢で美しかったことだろう。表現することとはこういうことなのか。
蓄音盤。鈴木慶一、渡辺勝、細野晴臣らが参加したあがた森魚が当時自主制作盤でリリースしたレアトラックス。
ここに収められた全8曲。1970年、22才のあがた森魚。表現する、歌を唄う。そのことだけを念頭に必死に歌い、わめき、泣いているような揺れる声。きっと泣いていた。
この佇まいをなんと表現したらいいのか。早川義夫さんのためだけにギターはつっかかり、どもり、緊張で震えていたあがた森魚のその尽きることのない激情は、ここで不特定多数のリスナーを捕らえた。なんということだ。
自分がこう在りたい、こう生きたいと強く願った気持ちはいつの間にかぐんぐん走り出す。
それからわずか2年後、ベルウッドからリリースした「赤色エレジー」で50万枚以上のセールスを記録し、あがた森魚の名は一躍全国に広がった。気持ちが決してヨレなかった。かっこいい。
だけどまさにかっこいいということはなんてかっこ悪いんだろうを地で行った人だと思った。