素晴らしき音楽との出会い

1年に2万キロ以上もの旅をしながら出会った様々な素晴らしき音楽をつれづれなるままにご紹介。

 
 

MELLOW HOUSE(ロック喫茶)

2006-01-18

2246.jpg MELLOW HOUSE(ロック喫茶)

吉祥寺駅から徒歩2〜3分のビルの3階にロック喫茶、メロウ・ハウスがあった。店内は昔流行したハイテックな感じで黒とシルバーを基調に統一されていたと記憶している。大きなあひるのかっこをしたライトがオブジェのように置かれていたのも印象的だった。

ここでよくかかっていたのはジャケットを掲載したビル・ネルソンのレッド・ノイズや初期ジューダス・プリーストの「運命の翼」シンリジーだった。

隣はインディーズ・バンドのライブ・ハウスのような店でピナコテカ・レーベルからリリースされた2枚組「愛欲人民十時劇場」が録音された場所だったように記憶している。

今から約30年も前のことだが、吉祥寺には個性的なロック喫茶、ジャズ喫茶、古本屋、輸入雑貨屋、レコード店、ライブハウス等が数多くあり、独特の文化と雰囲気があったと思う。

トトがデビューした頃のライブ映像やデビュー前後の新月のライブを見たのも吉祥寺にあった第一家庭電器の3階にあったDAC STUDIO 101である。新月もトトも無料だった。



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SEMUI(ロック喫茶)

2006-01-16

2194.jpg SEMUI(ロック喫茶)

JR国分寺駅のすぐそばにセムイというロック喫茶があった。場所は2階で真横には確か西部国分寺線だったと思うが電車が走っており、電車が近づくとレコードの音が聞こえにくくなったのが印象的だった。

どんな音楽がかかっていたのかは全く思い出せないが、アメリカン・ロック系のロック喫茶だったような気がする。

ということはやはりニール・ヤングは必須アイテムだったはずだ。ジャクソン・ブラウンもかかっていたにちがいない。数をこなしていると幾度か行ったことや場所はよく覚えているけど肝心のレコードのことが思い出せないのは困ったものだ。



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NEW SUBMARINE(ロック喫茶)

2006-01-15

2191.jpg NEW SUBMARINE(ロック喫茶)

新宿駅から徒歩で約10分強の場所にあった老舗ロック喫茶、サブマリンは私が行った時には既にニュー・サブマリンと名称が変更されていたが、場所は同じ地下にあった。

数回程度しか行かなかったのでよく覚えてはいないが、オートマティック・マンのデビュー・アルバムがかかっていたことだけはなぜかよく覚えている。

サンタナのドラマーとしてのウッドストック・フェスティバルでの熱演が今でも忘れられないマイケル・シュリーヴが在籍していたファンキーなジャズ・ロック・バンドだ。



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伽羅(ロック喫茶)

2006-01-13

2171.jpg 伽羅(ロック喫茶)

今から約30年くらい前にJR国分寺駅から徒歩5分くらいの場所に小さなロック喫茶、伽羅(キャラ)があった。

通りからドアを開けると店内が全て目の前にあるくらいに見渡せるほどの狭さであった。ショットガン・シャックという言葉があるが、ショットガンで外から撃ったら貫通してしまうくらいの狭い家のことを意味する。

このロック喫茶はまさにショットガン・ロック喫茶といった感じだ。しかし、ドアを開けるとほぼ満員の客が楽しそうにロックを聴いている姿が目の前に現れてほほえましかったのが記憶に残っている。

あまり行かなかったのでどんな音が流れていたかは覚えていないが、サザン・ロック全盛期でレイナード・スキナードが来日した頃だから、やはりオールマン・ブラザーズ・バンドマーシャル・タッカー・バンド等がかかっていたのだろう。



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家なき子(ロック喫茶)

2006-01-07

2095.jpg 家なき子(ロック喫茶)

福生に家なき子というロック喫茶があった。一度しか行ったことがなかったと思うのでお店の記憶はあまりないが、訪問するまではミニコミ誌等でチェックしていてとても気になっていた。

私は当時、ミニコミ誌を集めていて「名前のない新聞」「毎麻新聞」「ストリート・ファイティング・マン」「アシッド・セヴン」等数多くのミニコミ誌を集めては読んでいた。

今でも保存している。なにしろカウンター・カルチャーに関しては中央線沿線の古本屋、古着屋、おもちゃ屋、アンティーク・ショップ、ロック喫茶、ジャズ喫茶等をくまなく巡回して情報収集していたのだから今考えても執り付かれていたのかもしれない。

古書店の店主にも「お客さんは私よりもはるかに詳しいよ」と呆れられていたものだ。「アザー・マガジン」「ローリング・ストーン・ジャパン」「ジャム」「宝島」「新宿プレイ・マップ」等、ありとあらゆる雑誌を集めていたし、今でも保存しているのだから只者ではない(笑)。

福生には米軍基地があり、米国にあこがれていた私はよく福生に遊びに行ったものだった。

チッキン・シャックというライブハウスも福生にあり、最後に行ったのは友人のバンドが出演した時だった。暗いカウンターのそばで聞くスティービー・ワンダーの「キー・オブ・ライフ」は素晴らしすぎた。

基地内には米軍放送局として有名な当事のFENがあった。小学生の時に初めて作った鉱石ラジオから流れてきたのがこのFENであり、今でも日本に帰った時、聞くラジオはこのFENである。

日本の電波法により我々日本人はラジオしか聞けないが、基地の中ではFENのテレビも見ることができる。これを知ったのはアメリカ人の友人ができた時、一日パスを作って友人を訪ねて基地内に遊びに行った時である。

米軍基地には年に一度のフェスティバルの時に訪問ができる。昔は毎年訪問し、ロックのライブを聞いたり、戦闘機に乗ったりして楽しんだ。

とまれ、掲載した写真は英国のブルース・ロックの御三家と言われたチッキン・シャックの名盤「O.K.ケン」



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MAGGIE MAY(ロック喫茶)

2006-01-07

2093.jpg MAGGIE MAY(ロック喫茶)

JR国立駅から徒歩1分足らずの場所にロック喫茶、マギー・メイがあった。今でもお店は同じ名前で同じ位置にあるが、かなり前にロック喫茶ではなくなっていたのであえてこのコーナーにとりあげることにした。

このロック喫茶がオープンする前は以前ご紹介したロック喫茶、アップルの常連だった。ゆえにこの店のオープン情報は早めに入手し、オープン当時から時々通っていた。

オープンした時のマッチのラベルにはウイスキーかビールを飲んでいるロッド・スチュワートの写真がプリントされていたのでロッドの名曲「マギー・メイ」から店名をとったのは火を見るよりも明らかである。さらにロッド的(?)なことにウエイトレスの女性は皆、黒いタンク・トップを着ていてセクシーだったのも売りだったのかもしれない。

店はメインの中二階と三階、そしてスピーカーがない半地下という変則的な作りだった。ローリング・ストーンズロッド・スチュワートスティックススーパートランプトトなどがかかっていたような気がするが今ではよく覚えていないな。

時々、私を含めてロック極め道みたいなロック野郎の常連が集まった時はロック談義に話が咲き、とても濃い夜を過ごしたものだった。

日本のロックのマニアには有名なバンド、ルージュのギターリストも時々来店しており、一緒に酒を飲んだ。そーいえばギターの名手、チャーが来店したこともあった。

掲載した写真はロッドの「エブリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー」。「マギー・メイ」や「アイム・ルージング・ユー」を収録したロック・シンガー、ロッドのロック史上に輝く名盤中の名盤。マイクを振りかざしたら世界一だと今でも私は思っている。



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赤毛とソバカス(ロック喫茶)

2006-01-06

2085.jpg 赤毛とソバカス(ロック喫茶)

私はロック喫茶が好きだったので「シティー・ロード」「アングル」「ぴあ」等の情報誌をチェックしては新しいロック喫茶を訪問、開拓するのがとても楽しみだった。日常生活における冒険のような気分だった。

赤毛とソバカスという老舗のロック喫茶は吉祥寺の商店街の端にあるビルの地下1Fにあった。隣はフュージョン喫茶「アウトバック」

店内はたばこの煙が充満していて視界が悪いほどであった。アルテックのスピーカーから大音量でロックが流れ、店内は当然「私語禁止」である。

天井には大きなアメリカ国旗が張られていたのが印象的で、大きなアルテックのスピーカーの間には何故かお地蔵さんがあったのは謎である。

店内の客は流れてくるロックに全神経を傾けているかのようで、まるで神聖なロック道場のようでもあった。

新しいLPがターンテーブルに乗ると客は一斉に「NOW PLAY」の場所に置かれたレコード・ジャケットをちらっと確認しては下を向いて又聞き入る、こんな風景は私が通いはじめた頃は当たり前だったと思う。今から約30年くらい前のことである。

アメリカン・ロックに強い店だったが新譜はある程度揃っていたように思う。私がよくリクエストしたのはジャケットを掲載したポール・コゾフ(元フリー)の「バック・ストリート・クロウラー」やキング・クリムゾンのメンバーによるマクドナルド&ジャイルズだった。コーヒー一杯で3時間以上もねばる者が多いのだから経営的には悪い商売だなと今では思う。



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APPLE(ロック喫茶)

2006-01-05

2076.jpg 高校時代からロック喫茶が好きだった。とにかく暇があれば、いや無くてもロック喫茶に通ったものだった。

と言うことで今は無きロック喫茶の思い出やエピソードを特集する企画「ロック喫茶の墓碑銘」を思いついたのでとりあえずつづってみたい。

第一回は中央線の国立駅から徒歩5分くらいの場所にあったロック喫茶「アップル」のお話。

ちょっと変わったお店でよくかかっていたのはピンク・フロイドの「メドル」「ウマグマ」、サード・イヤー・バンドの「マクべス」、キング・クリムゾンの「ポセイドンの目ざめ」「リザード」、クラフトワークの「放射能」等だった。それ以外はあまり記憶に残っていないが、プログレ喫茶というわけではなかった。

マスターの徳さんとは仲良しで閉店するまでお付き合いした。ヒッピー風のお客さんも多かったと思う。なお、2階はジャズ喫茶「ラッパ」というお店だった。



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