言うものは知らず、知るものは言わず

僕の人生に深く影響を与えた、日本のフォークソングについて色々書いていこうかと思っております。URC Bellwood ELEC などなど大好きなアーティスト達の熱い魂のこもった歌を共感していただけれるよう、熱い記事にしていきたいです。どうぞよろしくお願い致します。

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イルカ 森田童子(SHOP70’s&80’s(70年代、80年代と私))
  村八分

『I LOVE HONZI』早川義夫+佐久間正英+HONZI

2008-10-04

9940.jpg 『I LOVE HONZI』を聴いて、久しぶりに涙がこぼれました。

子供の頃、すごい泣き虫で。
毎日、何回も何回も泣いて、
一日中泣いていた日もあったぐらい泣き虫だったのに。
大人になってからは、とんと不思議なくらい泣かなくなってしまった。
いくら心が締め付けられ、苦しくなっても「涙」そのものを流さなくなってしまった。
でもこのアルバムを聴いたとき、ほんとに久しぶりに涙がこぼれた。

泣き方なんて忘れていたけど、自然と、深いところで身体が震え、涙が湧き上がってきて、
なんだか一番弱い部分を見られているようで、それを拒もうとする自分、なんとか正当化しようともがく自分を、
早川義夫の歌に裸にされ、HONZIのバイオリンが包み込んできた。

生きていく上で、正当化できない矛盾も何もかも背負って、正直に歌い、奏でるのだから、
正しいと思う論理など入る余地も無かった。
憧れも嫉妬も
嬉しさも悲しさも
希望も絶望も
どれも同時にやってくる。
矛盾こそが真実ではないだろうか。

HONZIのキラキラと輝く真っ直ぐな音色は生命そのもので、
命を動かし、本当に生きようとするHONZIの魂が、
生と死の間に、ものすごいエネルギーを響かせていた。
僕なんかまだまだ、ろくに生きてもいないのだと思った。

HONZIとHONZIを愛する人達でつくったアルバムだと言うことが、切実に感じ取れました。
素晴らしいアルバムでした。

4/29新宿ゴールデン街劇場 早川義夫・鈴木亜紀『愛は伝染する』

2008-05-01

9187.jpg ブログを書き始める事にすら抵抗を感じるような、一人だけで噛み締めたいような感動のライブだった。
僕の中の感動を綴ります。

歌う人は、日常で歌えないから歌が生まれ、歌を歌う。
日常で歌を歌えているのであれば、無理に歌を歌う必要はまったく無い。
「日常で歌うことが何よりもすてき。」まさにそのとおりだ。

・風月堂
・赤いワンピース
・われた鏡の中から
・躁と鬱の間で
・猫のミータン
・くらし
・恋に恋して
・I LOVE HONZI
・音楽
・身体と歌だけの関係
・お父さんへの手紙
・この世で一番キレイなもの

人生の事、奥さんの事、お母さんの事、ミータンとチャコの事、HONZIの事、自分の事、お父さんの事、

今の早川義夫さんの歌は本当にすばらしい。
早川さんが昔に触れられたくないという気持ち、すごくわかります。

早川さんは魂で歌っている。
歌い方に格好をつけていない。
パフーマンスも勿論ないし、とにかくわざとらしさがない。
とても正直な動き、発声をする。だから美しい。

人に共感を求めない所が、心の表面だけではなく、心の奥まで沁みこむ。

万人にではなく個人に対しての、沁み込みの深さが違う。

うつむいて聴く人、祈るように聴く人、すすり泣く人、遠くを見ている人、

誰一人雰囲気で聴きに来ている人はいなかった。

皆、自分が何者なのかを探し、迷走している自分自身を聴いている。

『自分が何者なのかを知るために音楽を聴く』僕はこの言葉を聴いた時、本当に感動した。


魂は絶対に存在する。魂はけして死なない、肉体が滅びても心に生きる。


・いい娘だね
・君でなくちゃだめさ

鈴木亜紀さんと早川義夫さんの二人での演奏

鈴木亜紀さんと一緒に演奏している時の早川さんの顔はとても嬉しそうで、
奥さんが見たら嫉妬してしまうのではないかと思うくらい、やらしい顔をしていた。

人間は嫉妬の生物なんですから、気を付けて下さいと心の中で少し思いながら見ていました。
ほんと正直な人なんだなぁと思いました。

最後に握手が出来たのがとても嬉しかった。やわらかい優しい手でした。

J.A.シーザー/天井棧敷音楽作品集(限定盤)

2008-03-24

9007.jpg これまで僕は演劇や演劇音楽そのもの存在を気にも留めておらず、
「青少年のための無人島入門」台本資料の文字お越しという作業に、
ただ黙々と文字を打ち込み没頭していた。
そのうち自然と台本が脳に入り込み、いつの間にか僕は、この見たことも無い演劇に感動していました。

無人島とはいったい何なのか。

人は皆、無人島を夢見ていると同時に愛を求めていたりもする。

心はいつも無人島であり、百万人の無人島の中で生きている。

文明の便利さに身をゆだね、街を満たす文明的装飾が華やかな百鬼夜行に見えてくる。

言葉はただの言葉だ。

僕は台本の内容に、その都度うなずき感動した。

でも、こういった感動は、説明しようとして口に出したとたんに魂を失ってしまいます。

無言で本人が感じ取った感動こそ純潔な感動です。

是非、自分の耳で目で魂で感じ取っていただきたいと思います。

演劇の奥深さが、可能な限り濃縮された貴重な資料的作品 J.A.シーザー/天井棧敷音楽作品集(限定盤)
収録内容は以下
disc1:J・A・シーザーリサイタル〜 第1部
disc2:J・A・シーザーリサイタル〜第2部
disc3:青少年のための無人島入門
disc4:走れメロス+恐怖の音楽
disc5:こども狩り

貴重な台本、絵、写真を収録した豪華ブックレットも付いた歴史的な作品です。
それぞれのディスクに人生を感じ、個々の無数の感動に出会えることだと思います。

オクノ修 吉祥寺MANDARA2 ライブ

2008-03-13

8954.jpg まるで主役としてのオーラを発さない。


その後姿がまさに京都三条にある六曜社という喫茶店のマスターであるオクノ修を感じさせた。

マスターは常に、控えめで、目立たず、コーヒーを注ぐ。
けしてお客の邪魔はしない。


だから喫茶店って好きなんです。


そんなオクノ修さんは、ごく自然に僕の目の前に座っていた。


ふと後方に目をやると、なんとそこに豊田道倫さんもお客として来ていた。

やっぱりこの人も、日常が心底好きなんだなぁと思った。



豊田さんの唄は、ちょうどあぶらがのった年頃の日常だ。


オクノさんの唄は、けしてぎらつかない、ごくごく自然な日常だ。


照明がおち、腰低くステージに上がるオクノさん。

そして僕は驚いた、
唄い出しのあの変化の無さに。

ふつう唄い出し、第一声めで会場の空気感に多少の変化が起こるはずだ。

それがまったく無かった。

あたかも、もうすでに唄っていたかのような‥。


まえもって声がわかっていたかのような‥。


唄い出しを聴き逃してしまったかと思うほど、不思議なくらい自然な唄い出しだった。

唄を聴くと僕はすぐに眠たくなって、曲が終わると
目が覚めた。

僕はそれの繰り返しで、最後までいってしまった。

なんか夢の中で、唄が聴こえてくるようだった。

帰り道、僕は電車に揺られながら、うとうとと‥
まるで風呂に浸かって、仕事疲れをとったかのような感覚で、また眠りについたのでした。

パラダイス・ガラージ 「奇跡の夜遊び」

2007-11-02

8266.jpg 入手困難のプレミアCDが11年ぶり復活、パラダイス・ガラージ/豊田道倫のセカンドアルバム『奇跡の夜遊び』初回限定紙ジャケット仕様で発売。ハマジムに続いてレコード店ではディスクユニオンが先行発売。いよいよ一般流通開始。

という事で、ようやく買うことが出来て、とても嬉しいかぎりです。

中古屋に足を運んでは、密かにこのアルバムがあるかを確認していたいました。

パラダイスガラージ(豊田道倫)の歌の中には、いつも日常があって非常に共感できる。
僕達の日常の中にも、一見些細で何も変わっていないよでも日々着々と変わっていて、成長しているし、
なんかそんな日常をトツトツと歌える豊田道倫さんが、とても素敵だなと思います。

些細な事ほどすごく共感できるし、些細な事ほどその人の内がよく伝わるし、
大きくないから、嘘っぽくなく、すごく信じられます。

とても良いアルバムなので是非聴いてみてください。

久保田麻琴 まちぼうけ

2007-10-27

8237.jpg まず、本題を言います。
「是非、是非、お買い求めください。」
オリジナルLP盤からのマスター制作、久保田麻琴本人によるリマスタリング、発売当時のオリジナルジャケットを忠実に再現、質感当時のまま、ジャケット最高、何よりも曲、詩、最高。
名盤中の大名盤。

久保田麻琴 1 st album まちぼうけ


はじめて聴いた時、切なくて、悲しくて、幻想的で、なんて綺麗なんだろう。なんか虹のようなアルバムに思えた。

切なさ、悲しさの中に人の美しさがあって、
現実だけど幻想的だった。

朝の光に包まれながら「あさの光」を聴けば、
センチメンタルで、現実的幻想世界へつれて行ってくれます。

余談ですが、つい先日、夕方ごろ自転車で家に帰っている時、
家の近所の川と海が繋がるあたりで、虹を見ました!
それも!まんまるな見事な半まるで、空に描かれた虹です。ほんとです!
あんなに端から端まで全部が見えた虹ははじめてでした。

とても不思議な気分でした。

岡林信康 狂い咲き2007

2007-10-24

8214.jpg 岡林信康 35年ぶりの日比谷野外音楽堂でのライブ
席はB-11列。真ん中辺り。

祭り囃子の、太鼓、三味線、尺八のリズム

始めて見た時とはなんか違う。

体が自然と御歌囃子のリズムに乗っていた。
胸が自然と高鳴っていた。

土着のリズム、祭りのリズムが僕の遺伝子に組み込まれていたのだと思う。

僕の分子が振るえ動いて、他の人の分子と溶け合い、会場全体が一体となって、なんだか気持ちよく、妙な他人の関係がそこにはなくなってゆく。

みんな共通のリズムで繋がった。

愛想のないこの社会の暖かい光だった。

野外独特の光に包まれ、高層ビルと緑と夜空に囲まれて、今日を越えて生きることを誓いました。

素晴らしい、思い出に残るライブでした。

早川義夫「歌は歌のないところから聴こえてくる」

2007-10-16

8162.jpg 早川義夫「歌は歌のないところから聴こえてくる」
僕の大好きなアルバムです。

全ての事が、このアルバムに集約されているのではないかと思えるくらいの、詩だと僕は思います。

このアルバムを聴くと、もう他には何もいらなくなるし、他人の好みなんかも気にならなくなるし、その人が感動することがなによりだし。

だから、何も言う必要がないと思うんです。


ただ、このことを理解しておかないと、いつまでも不安は付き纏うし、本来の自分を見失ってしまうと思うんです。


「生きて行くのが ぶきっちょなのは 生きようとしていた 証拠なんだ」(僕の骨)

僕はなんか得体の知れない不安に、常に付き纏われてしまって、いつも方向がわからなくなってしまう。
こうだ。と思っても、そうでない。
こうしよう。と思っても、すぐ不安になる。

迷ったり、悩んだり、偶に上手くいっても、なんで上手くいったのかもわからないでいる。
不安の正体がわからない。

「迷うことが 生きること」(天使の遺言)

「何度も落ちこみながらも、僕は僕になっていく」(音楽)


早川義夫さんの詩を聴くと、なんか らくになる。

村八分

2007-09-22

8030.jpg 最近、しんみり深い、底の底のほうの詩ばかり聴いていて、
脳内バランスが偏り気味だったせいか、目の視点がさだまらなかった。

いくらしんみり暗いフォークが好きでも、これはいけません。
偏ると体調を崩す。栄養はバランス良くとらないといけない。

亜鉛がわりに久しぶりに「村八分」を、御茶ノ水の学生がたむろする喫茶店で爆音で聴いてやった。(もちろん一人イヤホン)

チャー坊の「うっせー!!!」の一言で
喫茶店の中の、型にはまった笑い声とありふれた会話を一気にぶっとばして、すかーっと晴れ渡った。
足りていなかった栄養素が見事に的中した。

「俺の事わかるやついるけ?」なんて、もろに自分に当てはまったように思えた。

「始めて会うタイプ」「面白くない」「暗い」「普通の人」「面白い」「冷めた奴」「冷めてない」「わかりやすい奴」「つかみ所のない奴」など、色々言われてきたが、まったく持ってどんな奴かわからない。
人間そんなに単純にはできていない。
本人も自分の深い所を口にして言い表すことが難しい。複雑だと思う。



もし誰からも仲間はずれの村八分になった時、どんな気分になるんだろうと、ふと思った。


なんか前よりも増して自分の殻に閉じこもってしまったかもしれないが、でもまぁいい。
気分は何故か良かった。

岡林信康 八王子コンサート

2007-09-15

先日、岡林信康さんのコンサートを見て参りました。
僕が思うに結局は、岡林さんは岡林さんだし、僕は僕なんだなぁと思いました。
僕は僕で探しているし、岡林さんは岡林さんで探している。

だから僕は「今日をこえて」「自由への長い旅」「愛する人へ」「私たちの望むものは」が大好きです。

それは今僕がその思想だからに他なりません。ただそれだけの話です。

岡林さんが若かった頃のように、今の僕も若い。

僕は岡林信康から、自分なりの解釈で、生きることに活かす多くのものをいただきました。

コンサートはとても素晴らしく、大成功でした。
岡林さんと共に歳を重ねたお客さん達は、超のりのりだったし、なんか羨ましかったなぁ。

演歌、津軽三味線、尺八の素晴らしさも感じられたし、エンヤトットの奥深さもわかった。

何より「今日をこえて」「自由への長い旅」を聴けたこと‥‥本物でした‥泣(当然ですね‥すいません)‥。

次は、10月20日 日比谷野音でのライブです。楽しみです♪

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