SUPER FUJI DISCS制作メモ(日本)金野記

日々の日記です

 
 

吉野大作&プロスティテュート/死ぬまで踊り続けて

2010-10-12

13318.jpg  横浜で70年代から続く吉野大作主催のイベント「情念のフェスティバル4(2007年)」に、ちょうどその12月に(再)発売したばかりの『吉野大作ランプ製造工場デラックス・エディション』を持って、横浜スタジアム向かいのライブハウス、7th Avenueに、それの物販で行ったら、開演前と幕間BGMがずっと『死ぬまで踊り続けて』で、それはもう25年振りにカッコ良かったです。
 80年代前半いっぱいあったレンタルレコード屋はキラキラして(サーハー向けです)気後れしたおれはカッコつけなきゃとなぜかあった『VA/レベル・ストリート』(ジャパンレコード、1982)を借りてA面B面カセットにダビングしてテープが余ったところにただもうカッコ良くて「ここ、そして、ここじゃない場所」を繰り返し入れた、というのが(ラフトレードの日本配給をしていたジャパンレコードが出した邦アーチストとして名前は知っていたが)、吉野大作&プロスティテュートとの出会いです。
 直後に『死ぬまで踊り続けて』は買ったけど、82年はもうチェリーレッドやクレプスキュールだったからポップグループやリップリグは奥にしまってあって、そのとき2回しか以後も針は降ろしておらず、25年後、『音羽信/わすれがたみ』初CD化を機に、70年代吉野大作を毎度お恥ずかしながら初めて知り、『吉野大作の少年時代』(1973)、『〜ランプ製造工場』(1976)のフォーク・ロックがすごく良くて、そして思わず再び出会った『死ぬまで〜』がただただカッコ良かったのです。
 本作について自身によるライナーで明かされたのは、10代に最も突き動かされた「歌」だったジャックス、そしてビートルズ『ホワイトアルバム』から「レボルーション9」とオノ・ヨーコの1st『ヨーコ・オノ』、そこに収められたのがオーネット・コールマンとの共演、プロスティテュートはそれらの実験室だった、とあります。今なお続く横浜での弾き語りライヴを観て、フリーキーでドライヴ感ゴリゴリの本作ここでも、吉野大作の「歌」がある、と改めて感じ入った次第です。

吉野大作&プロスティテュート/死ぬまで踊り続けて(FJSP-95/発売中)



Posted by kaneno at 10:21:46

PABLO PICASSO/types 1981-1985

2010-10-12

13317.jpg  毎度のことながらたいへんお恥ずかしい話、本(再発)リリースが決まるまで、パブロ・ピカソは聴いたことがなかった。81年1月法政学館ホール、フリクションのライヴのサポートがこのバンドのデビュー・ライヴだという。この学校に通っていた1年生のおれはこの日ここにいた。フリクションは、ツネマツは居らず代わりにノン・バンドのノン(とは後から知った)がカッコいいシンセを鳴らしていた。その画は頭の中今でも出てくるが、パブロ・ピカソは覚えていない。
 (85年解散後もPABLOとして活動を続け昨年の「DRIVE TO 2010」にも出演した)野村誠氏との制作やりとりの中、ボーナス・トラックにと届いた81年から84年のライヴを収めたカセット数本に驚いた。バンド名の由来になったというジョナサン・リッチマン/モダン・ラヴァーズ「PABLO PICASSO」のカヴァーがまずカッコよかったが、とにかくベースが太い。予想出来なかったファンクだ。
 20代前半に活動を(一旦)止めた若きパブロ・ピカソ、81年のデビュー・シングル『紫外線』、83年のアルバム『ソフト・タイプ』、85年のシングル『モーション・ヒッツ』から全11曲と、同時期のライブ音源7曲を追加収録した本CDは、今こそ新鮮な驚きをもって受け入れられるかと思う。

PABLO PICASSO/types 1981-1985(FJSP-94/発売中)



Posted by kaneno at 10:18:18
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