SUPER FUJI DISCS制作メモ(日本)金野記

日々の日記です

 
 

豊田道倫with昆虫キッズ/ABCD(マイベスト!レコード/DIW)

2009-10-28

11874.jpg  本作制作にあたっては毎度のことだがおれは何もしてない。カッコつけて言えばスピードを自らのテーマとし、その速度の管理をしたくらいだ。
 8月終りの3日間で録音とトラックダウンをし(内田直之)、ABCDとタイトルが出来て、豊田は韓国へ行き、9月9日ビートルズBOXを買ってからマスタリングを行い(中村宗一郎)、出来た。
 説明を必要としないポップ・ソングとロック、曖昧なところが一切なく輪郭がいちいち鮮やかだ。一気に我を忘れてしまう35分、だからたいへん幸せだ。そして最後に余韻が残る。



Posted by kaneno at 10:37:15

加藤和彦/マルタの鷹

2009-10-28

11873.jpg  加藤和彦自らピアノを弾くA面ラスト(M5)「ディッセンバー・ソング」からB面あたま(M6)「ジョーカー」の流れが、今、今宵その夜、もう何ともたまらんです。M5の不自然なフェイドアウトから繋がれてM6はニーノ・ロータの手とも頭脳とも言われたカルロ・サヴィーナの生オーケストラをバックに歌われます。
 個人的趣味すぎるとされ、氏のキャリアの中で最も売れなかった1987年のアルバムです。91年の「ボレロ・カリフォルニア」とこの2枚、ラスト2作となったわけですが、残すところあとわずかとなった2009年今宵その夜、今、とても素晴らしいです。



Posted by kaneno at 10:33:15

加藤和彦/ボレロ・カリフォルニア

2009-10-28

11872.jpg  今年2月に再発した本CDには、昨年12月23日に行った加藤和彦氏のインタビューを付したが、コンセプトやあるテーマを以てアルバムを作ることがもう音楽的ではない旨の本人の言があり、「ギター1本で演奏してもいい曲はいい曲だろって感じが今はしてる」と結んでくれた。そんな19年ぶりの新作を聴かせてほしかった。そんな新作ならば協力できるうってつけの若いミュージシャンがいます、とトノバン道の後継者たる三沢洋紀の名を挙げようとしたが、短いインタビューの場でましてや不遜にもおれなどが言えるはずもなく、しかし言っておけば、三沢洋紀『レター』のCDを差し出せばよかった。
 こないだまで、1991年発表の本作は、安井かずみの、そしてニック・デ・カロの遺作であったが、加藤和彦の遺作となってしまった。



Posted by kaneno at 10:31:59

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その8)

2009-10-13

11794.jpg  『ニューミュージックマガジン1976年3月号』パラパラ見てたら『火の玉ボーイ』のレビューがあって矢吹申彦評94点、あがた森魚『日本少年』もあって中村とうよう辛辣な評82点、そしてビクターがロック・レーベル、フライングドッグを始めます、という広告頁ではパンタの初ソロと、「第2弾は幻のグループ、はちみつぱいの初期のメンバー、渡辺勝のファーストソロアルバムを予定。綿菓子が空を飛んでいるようなヴォーカル・・・」と紹介されている。
 本BOXには、『火の玉〜』に収録されることになる(はちみつぱいでも重要な曲であった)「酔いどれダンス・ミュージック」、鈴木慶一が数十秒口ずさむ「スカンピン」の断片、これが初演だという「ラム亭のママ」のプロトタイプ、鈴木・岡田徹作の「ウェデイング・ソング」(武川雅寛のリード・ボーカルVer.もある)が収められている。



Posted by kaneno at 11:41:06

森山威男/フルロード

2009-10-13

11793.jpg  7月19日、山下トリオ40周年復活祭日比谷野音、「木喰」〜「ミナのセカンドテーマ」〜「グガン」、おれはずっと森山威男のバスドラに釘付けになっていた。
 足だ。モーレツに感動した。このリズムのままいたいから日比谷から自宅横浜までの帰路は自然と東海道線を選んだ。日比谷線東横線のリズムはダサいJポップ、新橋から都営泉岳寺経由京浜急行ではパンクすぎる。新橋横浜20数分リズムをキープし家着いて『フルロード』をCDデッキに入れたら見事な繋ぎBPMもバッチシだった。
 本作はドラムとパーカッション、マリンバだけの1975年森山威男初ソロ作、初CD化
 インナーには奥成達さんの厚意により『ジャズランド76年1月号』に掲載された森山・奥成対談の再録を付した。



Posted by kaneno at 11:39:53

山下洋輔トリオ/DANCING古事記

2009-10-12

11788.jpg  前稿読み返すとどっかで見たことあるな、さんざん自分語りに終始し最後はよろしくお願いします、とは『DANCING古事記』のM1「アジテーション」だ。
 全く聞き取れないアジ演説の最後「できればカンパをお願いします」とだけわかる。それをぶった切るかのように始まるM2は山下洋輔のテーマたる「テーマ」。猛スピードの爆音が疾走し音の洪水なるがスイングする15分、肘打ちも見えてくる。続いて中村誠一のソプラノで始まる「木喰」は70年山下トリオ第2作のタイトルでもあるが共に聴き比べられたい。69年7月バリ封最中の早稲田キャンパス、黒ヘル黄ヘル戦闘態勢にある学生たちに囲まれての異様なハイテンション。
 本年7月、山下トリオ40周年公演日比谷野音でおれはCDの物販にいたが、そこで「あのとき大隈講堂からピアノを運び出した」と本CDを買っていただいたお客様から話を聞いた。



Posted by kaneno at 11:48:15

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その7)

2009-10-12

11787.jpg  『火の玉ボーイ』は中学2年のとき、ザ・バンド『南十字星』と一緒に買った。ザ・バンドは14歳でわかるはずもないが、『ニューミュージックマガジン』で100点だったから、わかろうとした。ムーンライダーズは、NHKラジオ『若いこだま』で所太郎が「はちみつぱいが新しいバンドを始めた」と数週に渡り激しく紹介し、はちみつぱいが何なのかわからないまま、その興奮ぶりにつられて買った。おれのレコード棚は買った順に並んでいるので『火の玉〜』を抜くと『南十字星』かニール・ヤング『今宵その夜』がくっついて出てくる。『今宵〜』は、夜中トイレに行けないくらい怖かった。
 父の転勤で大阪に越し2年、未だ馴染めずにいたおれは『火の玉〜』に、とても東京を感じたからだろうか、このレコードに自分の居場所を求めた。クラスの橋本君の2歳上のお兄さんから借りたはっぴいえんどは田舎くさかった。
 それから20年、90年代半ばサニーデイの若者から教わって、はっぴいえんどとはちみつぱいのCDを買った。89年のレニクラの1STからそんなフォーキー気分でもありました。それで初めて聞いた「塀の上で」と「土手の向こうに」。おれは鶴見尻手ニコク沿いの生まれで両親はその前に蒲田萩中に住み、大人になってから萩中糀谷羽田を訪ね歩いたことがある。この2曲はその風景だった。
 『ニューミュージックマガジン1972年12月号』に載った名ルポ「あるロック・グループとの一週間」(和田博巳氏の薦めで本BOXのブックレットに再録)は、まだレコードも出していないはちみつぱいのドキュメントで、それに同行し撮影したのが写真家、井出情児。羽田の場面も数点ある。
 それらの写真をデータとして1枚のCDRに収め、本BOXご購入の特典としました。ツタヤ、タワーレコード、HMV、ヴァージンメガストア、WAVE、新星堂、山野楽器、すみや、ディスクユニオンなどお近くのレコード店で予約をお願い申し上げます。



Posted by kaneno at 11:44:55

渡辺勝/渡辺勝

2009-10-05

11764.jpg  アコーディオンという楽器は好きなんだけど、当初の打合せで本作プロデューサー松倉如子からそれを入れたい旨あったが、何となく異を唱え、代わりに家にあったジャック・ブレルの大好きなレコード『偉大なる魂の復活』のA面をコピーして黙って渡した。この1曲目が「ジャン・ジョーレスは殺された」。マルセル・アゾラのアコーディオンだけの伴奏で、社会主義者で反戦運動を展開した仏社会党の指導者ジョーレスは何故暗殺(1914年、第1次大戦開戦直前)されたのか、と激しくそして優しく歌われる。
 訳詞は渡さなかった。渡辺勝は自ら詞を書きいつものガットギターで歌い、ワンテイク、録音された。 
 本作制作の経緯は本CDのライナーノートとこちらに。



Posted by kaneno at 14:46:10

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その6)

2009-10-05

11763.jpg  30数年前のことであり、短期間に変遷が激しく、「2ぱい、3ぱい」と数人だけの録音もあったから、正確なクレジット記載は困難だろうと予想されたが、このチューニング部のおかげでそれを聴きながら鈴木・和田両氏により参加メンバーが言い当てられ判明していった。
 さて、本BOXのタイトルは「これで最後」と鈴木氏の強い提言により当初『The Final』と決まった。それは、ライブごとのカセットテープをCDRにコピーし、収録曲名をエクセル表に記していった際、わかりやすいように各CDナンバーをおれはローマ数字で書いた。それを見て、ファイナルファンタジー → ザ・ファイナル、となったと推察する。すいません。ジャケット案の話になった際、「『ボブ・ディラン&ザ・バンド/地下室』のイメージで」とは鈴木氏より。自ずと『The Final Tapes』と決まった。



Posted by kaneno at 14:38:44

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その5)

2009-10-05

11762.jpg  まだ本題には入らない。長いイントロになりました。これこそが本BOXの特長です。ライブ録音をアルバムにする際、チューニング部分や冗長なMCはカットするのが普通ですが、テープを聴き進むにつれそれは出来ない、としました。編集会議での和田博巳、鈴木慶一両氏よりも「ここに当時の空気感が詰まっている」と同じく。
 チューニングが始まる、メンバー個々の音が何となく絡み出す、まだチューニングだ、何となく曲らしい、イントロだろうか、こうして「こうもりの飛ぶ頃」が始まります。



Posted by kaneno at 14:34:50

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その4)

2009-10-01

11754.jpg  去る9月5日土曜日、吉祥寺は武蔵野公会堂で、渡辺勝デビュー40周年記念公演を催した。近鉄百貨店(今はない)裏、今は空き地、そこにあったボロ家で71年から共同生活をしていたアーリー・タイム・ストリングス・バンドの皆との演奏と、渡辺勝ソロ、それは全て素晴らしかった。打ち上げの席には(渡辺、武川雅寛、岡田徹がいた)立教大学作詞作曲研究会(OPUS)OBの方々が勢揃いしておりその中に松本圭司さんがいた。「ぼくの倖せ」の作者だ。CD『センチ〜』には作詞・松本圭司、作曲・渡辺勝とクレジットされているがその逆だ、と穏やかに憤慨されてました。家帰って慌てて『ぱいBOX』ブックレットのその記載、「君と旅行鞄」まで全部校正出しました。




Posted by kaneno at 14:29:22

The Final Tapes はちみつぱい Live Box (その3)

2009-10-01

11753.jpg  当時のライブを知る数少ない先輩からは、はちみつぱいはグレイトフル・デッドだったよ、との言だけがあり、唯一のアルバム『センチメンタル通り』よりは、ただ本多信介作のインスト「ヒッチハイク」で、それは微かに窺い知るのみでした。『センチ〜』は日本ロックの名盤とされたものの、はちみつぱいとは、はっぴいえんどの弟分であり、ムーンライダーズの前身バンド、というのがパブリックイメージだったかと思います。はっぴいえんどが今もなお偉大であるのは間違いない。しかし20数本のカセットを聴き進むにつれ、“ぱい>はっぴい”とおれの中で確定しました。それを形にするのが、仕事なわけです。と、今日も偉そうにすいません。



Posted by kaneno at 14:24:53
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