SUPER FUJI DISCS制作メモ(日本)金野記

日々の日記です

 
 

筒井康隆文明

2008-09-29

9921.jpg (1)1957年 SF同人誌「宇宙塵」
(2)1969年 山下洋輔トリオ「ミナのセカンドテーマ」
(3)1974年 筒井康隆「熊の木本線」
(4)1976年 全日本冷し中華愛好会
(5)1978年 筒井康隆「バブリング創世記」
 本作再発に向け各方許諾確認作業の中、ビクター担当氏より電話あり、本制作に深く関わった方が亡くなられた旨。野田昌宏(SF作家・翻訳家にして、その風貌からガチャピンのモデルとなったことはつとに知られた)氏のこと、[1]「小松左京・宇宙に逝く」、[2]「筒井康隆文明」、[3]「(星新一)星寄席」、以上3枚のLPが1978年、「AMAZING3」と題しビクターより発売、いずれも制作協力・日本テレワーク野田昌宏とクレジットされている。
 氏は(1)に創設時から参加している。その同人には若き長谷邦夫氏が。(2)制作時に山下洋輔氏はフジオプロ長谷氏を訪れ、その内ジャケに、聞くべし!と赤塚不二夫氏が「ベシ」を描く。

 世界の創造を描いた短篇(5)に、世界の終焉を告げる作品(3)を、山下洋輔が挿入したのが『筒井康隆文明』M1「バブリング創世記」だ。(3)から「熊の木節」が、小山彰太-山下洋輔-堀晃-かんべむさし-坂田明の順番で、この世紀のタブーが唄われるのだ。坂田明がUFOを降霊し、「ユッフォー」とだけ参加したピンクレディーは同レコード会社だから実現したのだろうか。この頃からPLは失速する。本作発売は1978年10月神無月のこと、翌4月(4)も解散する。
 つい先日、赤塚不二夫トリビュート盤CDを買いに行って、その何だかなぁの人選見て手を引っ込めた。30年前の大人たちの遊びは凄いと、改めて思った次第です。「筒井康隆文明」、初CD化、発売中です。




Posted by kaneno at 11:54:49

イエス,ママ・オーケー?/インコンプリート・クエスチョン(後日談)

2008-09-04

9801.jpg *1)「ラジオスターの悲劇」は2NDミニアルバムなんだな。1STではスライ・ストーンのカバー。イエママのはポール・ヘイグのカバーに近い。考えすぎか。
*2)わざとタワレコさんに触れず。タワーがグッと来て独走に入ったのは98,9年から。WAVE、新星堂、山野、タハラ、どこも売場を創造し変えていったのはいつも一人の担当者だ。
*3)当日、金剛地さんは大遅刻した。後日新宿店に郵送された手書きの詫び状が封筒ごと(exヴァージン)高位氏宅に保管されており、ブックレットに載せるつもりだったが、叶わなかった。
*4)「イエママのライブが(ひどくて)いい」と言っていた豊田道倫さんと金剛地さんの付き合いはどこから始まったのだろう。今回本BOXのボーナスディスクに当時のライブ音源あれば、と提言いただき、実は用意したが、叶わなかった。ライブは拙い、ひどい、との定説だが、後期は優れて音楽的、とは金剛地氏談。
*5)当初、ベスト・アルバムにすべきかと考えたが却下。インディー盤との細かいヴァージョン違いを収録とも考えたが却下。本BOXは、全て日本コロムビア所有マスター使用、何も考えず全曲発売順に並べただけの寄せ集め、となった。これでいいと思います。
さらに)金剛地さん始めメンバー3人の書下ろし原稿もブックレットに収めました。



Posted by kaneno at 10:06:49

イエス,ママ・オーケー?/インコンプリート・クエスチョン(2)

2008-09-04

9800.jpg  イエママがメジャーから出ることになって、京都店のテンションは明らかに落ちていた。ピチカートVのディレクターが手掛けるという。だからやる気になったわけじゃない。営業に来ていただいた人は、イエローモンキーと混同していた。何だかなあ、とそこで初めておれは聴き、少しやる気になって、インストアライブ(*3)をやった。初めて好きになったのは、荒れてる(*4)、と感じた「パーフェクト・ヤング・レディ」、本気で好きになったのは、モア荒らぶれメタ・コンセプチュアル作「Q&A65000」。どちらもあんまり売れなかった。「Q&A65000」は、ロックとか音楽とかのアルバムじゃなくて、もっとPOPのポップアート全部の、それを構築しようとコンセプトとするのでもなく、しかし優れてトータルなもの。もちろんこれは“A”じゃなく、そう“A”はずっとなくていい、そんなアルバムでバンドだ。そしてようやく金剛地さんより「Incomplete Questions タイトルはこれでいきます」とメールあり、いやあ(*5)。



Posted by kaneno at 10:04:26

イエス,ママ・オーケー?/インコンプリート・クエスチョン(1)

2008-09-04

9799.jpg  日本コロムビア時代の6枚のCDのうち4、5枚のクレジットのサンクス欄には必ず「ヴァージンメガストア/松坂由紀、高位昌道」とある。それは、かつて外資系レコード・チェーンではトップだったその京都店の店員二人のこと、この二人がイエス,ママ・オーケー?をブレイク(?→極地的ヒット)させたと言っていい。90年代半ばはドリカム、ミスチルなどメガヒットの時代、おれは当時同じヴァージン池袋、新宿に勤務していたが、週明け回ってくる各店のチャート見て、あまりに独自な京都店のそれに妬いた。発売後翌週には姿を消すメジャー・メガ盤を尻目にイエママのインディー盤3枚が常に上位にあった。2枚の7インチ含め京都は何枚売ったんだろう。1STミニアルバムの案内書では確か「ラジオスターの悲劇」(*1)カバーが売りだったように記憶する。それにはおれは意地でも反応しなかったし、案内書の紙面から匂うそのレーベルのあざとい上昇志向を感じ、仕入れなかった。猛省する。いや、この頃、HMV(*2)が渋谷系なら、ヴァージンはその追随はしない、さらには同じヴァージンでも京都がアレ売るなら新宿はコレで勝負する、そんな気概で日々売場に立っていた。



Posted by kaneno at 10:02:04

山下洋輔トリオ、大駱駝艦、ジェラルド大下/嵐

2008-09-02

9792.jpg  1969年バリ封只中早大キャンパスで行なわれた山下トリオ(山下洋輔、中村誠一、森山威男)の異様な超高テンション・ライブ作「ダンシング古事記/山下洋輔トリオ」は、状況劇場を辞めたばかりの麿赤児と、作家になりたての立松和平の自費制作LP(1971)だ。初CD化(1995/貞練結社)の際、豪華ブックレットに収められた山下氏を含む当事者の鼎談では、LPをレコード店に置いてもらったはいいが代金の回収が出来ず落ち込む者たちに対し、コレ見て元気だせや、と金玉見せる麿氏のエピソードがいい。そんな大人におれも早くなりたい。
 1972年麿赤児、大駱駝鑑設立。その1976年欧州ツアーの直前に日本青年館で行なった2時間30分におよぶ公演「天賦典式 嵐」を共演した山下洋輔が80分に編集したのが2枚組のレコード「」だ。
 ここでの大駱駝艦には、後に山海塾を主宰する天児牛大、ダンス・ラブ・マシーンとなる田村哲郎と古川杏子、舞踏派天鶏の鳥居直彦、さらに室伏鴻に宇野萬など、最強のメンバーが顔を揃えていた。
 彼らの足音やセリフ、うめき、唸り、舞台を吹く音など声にならない声、そんな蠢・音・蠢・音・蠢・音が、山下洋輔トリオ(W/坂田明、小山彰太)とジェラルド大下(パーカッション、サックス)の演奏と、全く同じように記録されている。「麿!」、とCDに合わせ一緒に声をかけてみよう。極めて音楽的な作品だ。



Posted by kaneno at 12:25:30
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