日本地下音楽

日本のアングラ、インディーズシーンの自主制作音源(CDR等)を中心に、メジャーものまで日本の地下音楽の入荷状況、オススメ商品、またライブレポートなど含めて長々と殴り書きします。

 
 

今月のアーティスト「texas pandaa」

2007-04-28

6875.jpg もう、今月も終わりですし、今日しかブログの更新できないし、今月っていつかよく意味分からないんですが、とりあえず、4月のアーティスト特集。
なんと、texas pandaaさんです。

シューゲイザーブームの到来か、日本女子シューゲ界の代表、texas pandaaさんに突撃インタビューです。
どうぞ。

●全然僕の話はどうでもいいのですが、先日テキサスに行ったんですけど、そこでふと思ったのですが、バンド名「テキサスパンダ」の由来をまず聞いてもいいでしょうか?

なで彦さん(Dr):そうでしたかそうでしたか、テキサスに行かれたのですね。残念ながらわたしたちは誰一人としてテキサスを訪れたことがないのです。つまるところ、テキサスパンダはテキサスに何のゆかりもないのですが、あえて唯一のつながりを挙げるとすれば、「テキサス・チェインソー・マサカー」ですかね。いわゆる「悪魔のいけにえ」です。あの主人公が出川(出川ミキコ/Ba, Cho)そっくりなんですよ。そうですそうです、あの電気ノコギリ持ったモンスターな人ですね。内面も外見もそっくりなんです。「そっくり」以上にそっくりなものですから、もしかしたら「本人」なのかも知れませんけどね。わたくしはテキサスパンダには途中から加入した分際ですので結成当初の状況は良く分からないのですが、「テキサスパンダ」というバンド名の由来は「テキサス州のステーキはデカい」という噂に何かしら関係があるのではないかと思います。肉好きなメンバーが「ステーキ」と「テキサス」の見た目がどことなく似ているところから、「テキサス」をバンド名に採用したのではないでしょうか、と推しているのです。「テキサス」にして正解だったと思いますよ。「ステーキパンダ」だと間抜けですからね。「焼き方はどうします」なんてつっこまれるのも癪ですしね。「パンダ」はきっと女子ウケを狙っただけの、単純な発想なのではなかろうかと思います。
出川(Ba):私のが、正解です。「テキサスパンダ」は、元々「テキサス万丈愚連隊」というバンド名だったのです。わたしたちがまだ若く、イキがっている頃に付けられた名前です。略して、「テキサスバング」。大学のサークルの練習室を予約するためこのように書いておいたら、それを誰かが「テキサスパンダ」と読んだんです。ただ、それだけです。
なで彦さん:確かに「グ」と「ダ」は姿形が似ていますからね。間違える方もいらっしゃることでしょう。でもごちゃまぜに使うと世の中が不便になることも想定されますよね。自分のダーリンを「グーリン」なんて呼んでしまった日には火あぶりの刑に処せられることでしょう。一方で「ねえあなた、明日は娘の結婚式よ。モーニンダの用意はできているの?」「なんだいモーニンダって」「あらいやだわー、間違えちゃった。てへっ」というのどかな会話も期待できそうですね。げふっ。
出川:とにかく「テキサスパンダ」は「テキサスバング」をどっかの誰かさんが読み間違えただけのことで、それも、その誰かというのは、大して仲の良かった誰かでもなく、楽しいとか切ないとかいう思い出のある誰かでもなく、サークルにちょっといたのがいつの間にか消えていった誰かであって、今となっては何代下の後輩かさえも分からない誰かなのです。あの頃から、はや8年。「てきさすぱんだ」は、その後「てきさすぱんだぁ」となり、季節によっては「テキサスパンダマス」になったり、脅しを生業とするようになってからは「敵刺すぱんだぁ」にもなったり、しかし今ではほとんどただの酔っ払い軍団と化した、周囲に多大な迷惑をかけるだけの集まりになってしまいました。

●バンド結成のきっかけを教えてください。また、今までの音の変化を教えてください。また今現在はこういう方向性で音楽を創って行きたいなどありますか?

出川:テキサスパンダはたまたま大学のサークルが一緒だったので、結成されました。テキサスパンダは結成当初、60人編成だったのです。もともとはコピーバンドで、ダーリングバッズとか、サンデーズをやっていました。60人編成で。ほとんどがリードボーカルだったんですよ。その後、シューゲイザーでロックでパンクな事をやってみたり。その内、経営難に陥り、やむを得ず56人はリストラせざるを得なくなったんです。ああ、あの時の送別会は、すごかったなー。わたし、お酒飲むと足がつるんですけどね、あの日は足がつりまくっちゃって、逆立ちして帰ったんですよ。帰り道にふと横を見ると他のメンバーも千鳥足というか千鳥手で逆立ちしてたんで、「あー、みんなたくさん飲んだんだな〜」って感心したことを覚えています。そんなこんなの難局をいくつも乗り越え、今の音楽性に辿り着き、今後はお嫁に行き
たいです。
なで彦さん:わたくしは他のメンバーの2、3年先輩で、やつらがサークルに入ってきた時は「ああ、時代は変わったな〜」と痛切に感じた記憶があります。入学当初アサコ(夏堀あさこ/Vo, G)は、出身の青森で流行っていたのでしょうか、「うる星やつら」の主人公ラムのようなボンデージ・ファッションでキメていましたし、中東帰りのデガワは誇らしげにケミカルウォッシュの上下とソバージュという必殺ファッションでキメまくっていましたし、カズ君(市村カズタカ/G)なんて真夏の晴天下でも影がありませんでしたからね。まさかこんなカッティング・エッジなやつらと10年後にバンドをやることになっているとは当時思いもよりませんでした。当時は「大先輩」と慕われていたなで彦さんも今ではやつらに蹴飛ばされ罵倒され、スタジオの片隅でぶるぶると怯えながらカフェオレをちびちびすすっているだけの野放しロマンスグレー野郎になってしまいました。音の変化については良く分かりませんが、メンバー間の立場はめまぐるしく変化したのではないかと感じます。今後の音楽の展開についての具体的な方針については、アサコにコメントしてもらいましょうか。どうですか、アサコさん。
夏堀(Vo, G):げふっ。

●今回のアルバムはファーストアルバムと言うことで、この曲は全て最近作られたものですか?それとも今まで録りためられていたもので
すか?また完成までに苦労したことなどありますか?

出川:「one gleam after the shadow」に収められている曲は、結成間もない時に作った曲も含まれているくらい、我々がこの8年くらいの間に作って、最終的に残っていた数少ない曲の中から、厳選されたものです。完成までに苦労したことは、レコーディング中に「おめぇ、やること決めてこいよ!!」って大喧嘩で、解散しようかと思っいました。
なで彦さん:そうですね、このアルバム制作には大変苦労しましたね。すべてを出し切ったと言っても良いでしょう。わたくしはドラムのレコーディングで3時間くらいしか参加していませんけど。でもあの3時間は本当に大変でした。6畳くらいの普通のスタジオに怖い怖いデガワと3時間も閉じ込められていたわけですからね。トイレに行くにもデガワの前をすり抜けなければいけず、すり抜けようとする度にくすぐられるわけですからね、何ミリリットルか粗相してしまって涙を飲みましたよ。また緊張し過ぎてドラム叩きながら呼吸するのを忘れてしまい、4、5回卒倒しました。その度にデガワにグーでパンチされて、デガワは「ラブ・パンチ」と呼んでいるみたいなんですけどね、卒倒する度にそのラブなパンチで気付けしていただいたおかげで、良いグルーブ出せたと思います。

●ゲストが多数参加しているのですが、どういうきっかけでゲストに参加してもらうことになったんですか?

出川:何度かアコースティックバージョンでぱんだの曲をアコギ、キーボード、パーカッション、バイオリン、などを加えた編成でやっていたので、そこら辺で多少アイデアも広がり、どうせうちらじゃ限界あるし、つまんないし、レコーディング中に喧嘩の仲裁もしてもらえるし、ということで参加してもらいたいと思いました。
なで彦さん:参加していただいた方々はみなさま大変優秀で、スキルも高く、高性能でした。テキサスパンダのメンバーの方が、彼らの面前ではゲストのようなものです。言うなれば、グレイト・ホワイトがポイゾンをゲストに迎えたところ、ラットとドッケンまで付いてきました、みたいなものです。おニャンコのアルバムにイングウェイを誘ったらアルカトラズごと来日しちゃってグラハム・ボネットが吠える、みたいな。分かります?分からないですよね。

●歌詞は英語ですが、なぜ英語にしようと思ったのか、理由があれば教えてください(特に何もなければ大丈夫です)

なで彦さん:テキサスパンダのメンバーは全員火星出身なんですけどね、やはり火星語で歌ってもこっちではビジネスにはならんだろうという結論に達したのですよ。一通りモールス信号も使えるのでモールスでやっても良かったんですけどね。試しに1曲だけモールスでもレコーディングしたことはしたんですよ。
市村(G)そうそう、ステレオ・トラックに左右に思いっきりパンニングしてね。結構カッコ良かったんだけどね。トリッピーで。
夏堀:えーっ、そーう?わたしはあのツツーツツツツッツツーっていうのがパンで飛んでくるの聴いてて気持ち悪くなっちゃったよ。周波数もちょっとズレてたし。やっぱモールスはモノラルが基本でしょ。周波数的には12kHzあたりがわたしは一番好きなんだよね。すごくしっくりくるの。
出川:わたしもー!やっぱ12kHzだよねー!でもこの星の若い人たちはモールスあまり知らないみたいなのよね。うちらは必須科目だったけど。結局はメッセージが伝わらないようでは仕方ないじゃない。そこで英語で歌うことにしたんです。英語は火星語に近いので歌いやすいし、ごまかしが利くというメリットがあるんです。

●テキサスパンダの音楽を聴くとき、僕は本当に心の奥底から感情が揺さぶられる気がいつもします。レコ発のライブでアサコさんの号泣を見た時も実感しました。ライブを行う時、(楽器を弾く時、歌う時)に感情というものはみなさんにとってどのようなものでしょうか?

なで彦さん:「レコ発の時のアサコの涙」伝説は方々で語り継がれているようですが、昔、奈良の大仏を建てている時に大仏殿の中で工夫たちが連日連夜焚き火を炊いていたら、上昇気流に乗った空気中の水分が大仏の冷たい青銅の額にくっついて、次第にそれが結露していって、目に溜まって溢れ返ったのを目撃した民衆が「大仏さまが泣いておる」と騒いだそうですが、レコ発の時のアサコの涙も同じようなものです。みなさまの体温で温められた空気が上昇気流を発生させて、アサコの冷たい青銅の額にくっついた空気中の水分が目から溢れただけのことです。もちろん「実はアサコは青銅製」ということを知らないみなさまからすると「大仏さまの再来だ!」と心の奥底から感情が揺さぶられもしましょうけれども、なで彦さんは幸いにもアサコが青銅ということを知っていましたのでビクともしませんでした。
出川:うちらの曲の大半はラブソングなんです。それもほとんどが過去の恋愛の悲痛を歌う歌で、特に女子が今まで経験してきた数々のリアルな痛手を思い起こしながら、我が身を削る思いで歌っているのです。そこから滲み出る感情がゆがんだ表情となって現れているのかとお思いかもしれませんが、ステージ上では高音域が苦しくて歌いづらいから、表情がゆがんでいるにすぎません。

●影響を受けたアーティスト/バンドなどはいますか?

なで彦さん:「影響を受けた」というわけではないのですが、わたくしはテキサスパンダに加入して、ベースとギターは同じような形をしているということを学びました。またベースとギターとでは、弦の本数が違うということも学びました。それ以外は一緒のようです。バンド活動を続ける上でこのような知識を身に付けておくことは非常に重要です。そのような意味で、わたくしはテキサスパンダに感謝していると言えましょう。

●今後の活動に関して告知などありましたらどうぞ!

出川:6月17日(日)には、残響祭りが渋谷O-Eastで、6月24日(日)には、コンピレーション「シューゲイザー至上主義」のレコ発イベントが代官山UNITで、7月1日(日)には大阪dropにて、ライブがあります。このまま、解散してもいいくらいに気合を入れていきますので、みなさま、必ず来てください!!

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女性ツインボーカルバンド、texas panda。
きらめく冷たいギター、ノイズの中に、爽やかでどこか憂いのある女性ボーカルが絡み、白く冷たくも暖かい世界を創り上げる。
昨年7月に発売されたファーストアルバムでは多彩なゲストを迎え制作された秀作。
夏に聴けば冷たさを感じさせ、冬に聴けばをぬくもりを感じさせるその音は、彼らにしか奏でることのできない色。
遠くで掻き鳴ならし、響かされている音、声、メロディーは、よりリアルで間近に感情として受け取ることができる。


Posted by kame at 15:08:36 │Comments(0)TrackBack(0) | 日本地下音楽 TOP | 前の記事次の記事

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